20

DAZ SD4 Outfit(Xana)

http://www.daz3d.com/i.x/shop/itemdetails/-/?item=7671&cat=421&_m=d

第1919回目の底辺★レビューはにいつの間にかライブラリに入ってた SD4 Outfitです。
DAZのプロモ画像を見る限り、これは別売MAT POSEが出てくるパターンですね。

というわけで足の切れた参考にならない絵(マテリアルも変えました)は以下。

一見地味なアイテムのほうがマテリアルとか変更するのが面白いですよね、
Arey_Soul氏のは完成されているので弄ると劣化にしかならないように思いました。

ただのビニール化ですがw

ところでオスカーソン氏はいつもエキセントリックですね。
余所見 してます、いい意味でw

http://market.renderosity.com/mod/bcs/index.php?vendor=Oskarsson

新作
http://market.renderosity.com/mod/bcs/index.php?ViewProduct=66231&vendor=Oskarsson

こういうハっとするのもあるんでアナドレナイものがあります。

http://market.renderosity.com/mod/bcs/index.php?ViewProduct=64372&vendor=Oskarsson

hideout

20 Comments

  1. Xenaさんの服なら間違いはない。いつの間にか、Texture をつくり直してみようとか考えなくなってることに気づきました。
    オスカーソンさん、、、無機物な質感の有機物の姿って、お地蔵さんや仏像を Poserでするのはタブーな感じはありましたが、、オリジナル仏像できそうな、、この域は、Poserならではな、、

  2. 「無機物な質感の有機物」 この言葉、聖なるものは俗なものの姿を借りなければならない、俗な人間の姿に似せることでもあるんだろうと思いました。オスカーソンしも禁忌をかんじていたのでしょうか・・・

  3. 禁忌を意識するというのは結構苦痛で強さがないと、自由でないとできないわけで、、そこら辺が芸術家が芸術家たる所以のような、、、見て見ぬふりをするもの、無かった事にしておく事に、、何か本質的なモノがあるんじゃないかと思います。芸術家が、それを追求する理由が気になります。気になったところで凡人には理解できないことが多いですが、、、
    タブーまでいかなくても、なんじゃこれはってモノに出会ってしまった場合、凡人は見てみぬふりをするのですが、芸術家は、そういうわけにいかない商売なのかと、赤塚不二夫先生や、横尾忠則先生の作品を見ているとそんなふうに思います。

  4. 横尾忠則氏、多作でおしゃべり(本をたくさん出している)で、作風は一本筋が通っているというよりもそのとき時々の関心ごと、最初は世間の、いまでは自分自身のウチの という違いが出ている感じがします、なので絵自体の統一感よりも関心ごとのほうが YOKOO的なテーマなんじゃないかと思いました。
    あと ステロタイプな「ゲージツ家」としての禁忌を超えてしまっているように見えます、絵よりも存在がきになる人。
    ここでいう禁忌はKIM99さんのいうのとは、ちょっと違った意味になってしまいますが。
    YOKOO絵は 結構 俗というかゲージツしないモチーフで、小学生が思い描いたような、なんだこれ?ってのがありますね、かといって衒ってやってない、素でやってるように見える、彼自身でもそれが何なのかわからないけれど、自分を一番良く知ってといった稀有な人、赤塚氏もそのようなところがあるのでしょうか、TVアニメしか知らないので、原作マンガがどんなのか知らないんですよね。

  5. オスカーソン氏の製品はBDへのオマージュじゃないかなーと。(PoserでBD的な画像を作ろうとした際の産物とでも申しましょうか。)
    Joybuzzなんかは明らかにメビウス(あるいはメビウスの影響を受けたBD作家)へのオマージュですからね。
    http://moebius.exblog.jp/

    あと、BDで今もっとも人気がありそうな「ヒメネス」って作家さんの影響を受けたPoser使いが海外にたくさんいそうです。
    http://www.juangimenez.com/

  6. BDのBDが何なのかわかりません・・・(ググレ・カスと言われそうですが。
    http://market.renderosity.com/mod/bcs/index.php?ViewProduct=64973&vendor=Oskarsson
    これメビウス的なんですか、メビウスは大友氏のがらみで出てきた名前くらいしかしりません、エンキ・ビラルの3D実写折衷映画は見ましたが(エッチをするシーンがあって、そこは何回も見ました)、ヒメネスを見ると 日本ではシロマサ的な感じがします。

    3Dはリスペクトする2D作家の絵を立体にしたい!ってのもつくる動機になってるのは国を問わずということでしょうか。

  7. Joybuzzの元になっているメビウスの画像はメビウス好きな人にはけっこう有名だと思うんだけど、ネットでは見つかりませんでしたorz
    (20代の頃に部屋に貼っていた大判のメビウスのポスターの画像も探してるんだけどみつからん・・・・日本の漫画・アニメと比べるとネットでの露出が鬼のように少ない^^;)

    BDっていうのはバンド・デシネ(綴りは知りませぬ)の略で、フランスを中心としたヨーロッパ系のコミック文化ですねー
    日本の「漫画」、アメリカの「カートゥーン」、フランスの「BD」と覚えるとよろしいかと。
    日本やアメリカと違う点はというと、「(エロい意味ではなく)大人のための上質な絵本」として、フランスでは誕生日のプレゼント用に普通に選ばれるくらい一般的なポジションのようです。(フランス人と結婚してフランス在住の知人(女性)がそう言ってました。)
    もうひとつの違いは、日本やアメリカのように「製作時間が短く、安価・量産される連載形式」ではなく、「時間をかけて一冊を作り上げ、音楽でいう”アルバム”と同じ感覚で販売される」という点ですね。作家自身も芸術方面のアーティストという地位にあるようです。(AppleSeed時代のシロマサが一番近いポジションかも。)

    >3Dはリスペクトする2D作家の絵を立体にしたい!ってのもつくる動機になってるのは国を問わずということでしょうか。

    定説です^^

  8. manga cartoon BDですね、わかりました。
    なるほど、なぜゴルドラックやセイントセイヤやDBが鬼のように高かったというのは、BDの違いこそあれど理解の土壌があったわけですね。

  9. RYM的には、ManiHOniさんのBlogにはない、断面がみえたような感じがします。 

  10. KIM99さんの突如ポンと投げられたような文章ですが、ちょと意味を汲み取ることが出来なかったことをお詫びします。

    「RYM的には」 という 「RYM」という言葉があるのが前提の言い方、名付け親 だからできるのでしょうかw

    RYM、言葉遊びでもって何かでっち上げたいだけです、なにか はよくわかりませんがw

  11. たしかに私のブログにはこの手の情報はほとんど出してませんね^^
    私は3Dを始める前はずっと2D畑の人で、物心ついたころかチラシの裏に鉛筆で常に絵を描いてたような人間なんで、物つくり系・映像系で面白そうな情報は「好きこそ物の上手なれ」的に自然と吸収してしまっていたようで、その手の雑学はそこそこ豊富・・・かもしれません。ただ、美大とか専門学校のような場で専門的に学んだことはないのですべて我流ですが^^;
    私の高校時代は、イラスト・アニメ系の専門学校が現れ始めた黎明期だったんですが、当時所属していた美術部のOBから某専門学校で行われた某背景美術作家の公演に空席埋め要因として出動したことがありまして、その公演の跡に専門学校の講師さん達の打ち上げに参加させてもらったときに「私もこの手の専門学校に入ろうかなぁ」と言ったら、「専門学校で新しく学へることは、たぶん君にはもう何もないだろう」的なことを言われた覚えがあります。

    今はネットで専門的な情報でも簡単に入手できるので、いい時代ですよね。
    ただ、逆に「情報の入手が簡単」すぎることが、脳内での情報の蓄積&精練・醸成に不向きな時代になってしまったような。
    例えば、インパクトのある映像を観て、そこから可能な限り「自分の目」で情報を吸い上げ・過去の情報と重ね合わせて脳内で理論化し、それを文献などで確認・検証する・・・といった行為をしなくても、絵の横に添えてある説明書きを見て「これはこういう絵だ」と完結させてしまうことが増えたような気がします。

  12. ぎゃーーーーkim99さんがご自分のブログでここのコメ欄をネタにしてるorz

    ぶっちゃけブログは私にとって自己表現の場とかそういう大層なもんじゃなく、せいぜい「自分の中に溜め込んでいるある特定の情報や経験(まにほにブログは主にPoserに関連した情報)を気の向くままに書く場所」でしかないわけで。
    コメントでのやりとりもその延長にすきません^^;

    「Render Your Mind」という言葉を拝借させていただくと、「Render」されるのはあくまでも「Mind」ですから、私にとってブログやコメントでの情報や経験というローレベルの発露は「Mind」でもなんでもない、単なるつぶやき、て感じですね。

  13. 情報や経験から醸成されて内側から湧き出てくるものが「Mind」であり、その「言葉や形で表現できない何か」を無理やり形にしようとするからこそ真の芸術は孤高であり、崇高なのだと思います。

    ・・・と無理やりまとめてみた。

  14. 今しがた帰宅して工事が終わったEO光の設定をしてネットに繋がったところです・・・・おー長文ですね、長文は常時接続的に歓迎ですだw

    ManioniさんのレスはKIM99さんへ向けられたものだとおもいますが、まー「ManihoniBlog」がまさか自己表現の場だとは、どこを縦読みしてもそうは思えないわけですが、Manihoniさんが想定外の質問を受けて楽しんでおられるようなのでそれは良かったと思いますw

    結果的に「自己表現」として見れる というのは、例えばどんな書き方でアレ、敢えて感情を一切表に出さないとかの書き方であれ、表現しないことが表現として見れる場合もありますし、トータルで 立ち居地 のようなものがわかるのならば「自己表現」に見えるのだろうと思います。私は誰にも「伝えたいこと」が全くないし、素人にありがちな自己陶酔的な言葉あそび ならばやっている自覚はあります。(←自己表現)あははは。

    というかManiHoniさんを引っ張り出す、今まで触れていなかったトコロを語らせんがための「釣り」なのだと見ました。

    引用
    「例えば、インパクトのある映像を観て、そこから可能な限り「自分の目」で情報を吸い上げ・過去の情報と重ね合わせて脳内で理論化し、それを文献などで確認・検証する・・・といった行為をしなくても、絵の横に添えてある説明書きを見て「これはこういう絵だ」と完結させてしまうことが増えたような気がします。」

    いつもどうり、話はズレるのですが、リチャード・ジェイムズ氏の「アンビエントワークス」は自分自身のために作られた曲だったと思いますが、彼自身のための極私的な音の連鎖の集まり そこには他者への目配せ、センセーショナルにしたい立身栄達が感じられない、メジャー志向が露ほども感じられないのに、なのに静かな重いインパクトを多くの人に与えたように勝手に思います。極「私」的なのに一般受けしたのは、音の中心に自分自身すらいなかったからでは?とも思います。あ、ほんとうに話がズレましたw

    音楽のカテゴリーやタイトル、誰かの解説は理解の補助にはなると思いますが、あくまで理解なのだろうと思います。理解と感じることはちょっと違うように思います。まとまってませんがw

    Render Your Mindの Your はなんとなく傲慢だなーと思います、フツーならMY でいいんじゃないか?あ、この言葉はコンパラからパクっただけで私が考えたんじゃないんだから!

    Render My Mind というと なにか表現すべきMYのMINDがあるようにも見えますね、「そんなものありはしませんよ!」(CV:若い頃の若本氏で)なので、私にはないので あなた で正解かもしれませんね。え? あなたも そんなものない!ですって?しかし、ないはずのソレがわたしにはアルように見えますがw

    …とほんとに無理やりでした。

  15. 確かに、Blogが自己表現というのは誘導してました。
    釣り というキーワードがでてきたのはちょっとうれしい。
    アンビエントワークス たまにきくのですが、私には理解できてない言葉です。

    ManiHoniさんを素材にして、Blogを書いていることは、後ろめたく思います。すみません。
    しかし、RYMということは、そういうこともあるわけで、、、、
    自称芸術家の人達は、自分が素材になることをどう意識しているのか?前から気になってましたが、、、そもそも、お化粧や衣服を羽織って装うことは、自分を部品として扱っている感覚がないとできない気がするのですが、私はそういうのが苦手でして、、、
    芸術家というか芸能人は、表現で飯を食ってるわけで、そういう認識がある人間は、
    芸の為に自分も表現される作品の一部になることは厭わない人達なのだと思うのではありますが、、

    >なにか表現すべきMYのMINDがあるようにも見えますね、「そんなものありはしませんよ!」
    何かを表現してみた人が、自分の表現をじっくりみてみて 到達する認識ではないかと、、

    Render Your Mind という言葉を生真面目に考えてるのが、RMM

  16. KIM99さん、理(コトワリ)が感覚よりも勝っている人、ように見られますが、実はその反対の人なのだろうと想像します。わたしは理よりも感覚といいながら、残念ながら言葉で理解しよう、ものごとを枠にはめて理解しようとする類の人間なのだろうと うすうす 思っています。

    芸人の明石家さんま氏の師匠 楽悟家 笑福亭松之助氏は「芸人は笑わせたらあかん、人から笑われるくらいでないと」と言われたとのこと、かっこよく実は賢い、頭の切れるといったある種、理想的な現代の芸人像から程遠い、むしろ逆のことをいっているんですよね。

    ミスタービーンのローワン・アトキンソンが来日したときに、インタビューにミスタービーンとは似ても似つかないクールで理知的な人ということがよくわかる、ビーンを演じているだけのオックスブリッジ系の表現者、そうなんだろうと思ってましたが、そのとおりだったのでガックリした記憶があります。

    「生き恥をかいて生きてきたので、死に恥もかいて死にたい」(小説「白痴」)

    落語の世界には かんかんのうの踊りというものがあるようですね、縁者がたのむからやめてくれと泣いて懇願したが、落語家たちは聞き耳をもたなかった という話もききました。そういうことでしょうか。

  17. >芸術家というか芸能人は、表現で飯を食ってるわけで、そういう認識がある人間は、
    >芸の為に自分も表現される作品の一部になることは厭わない人達なのだと思うのではありますが、、

    うーん、それはどうでしょう?
    例えば小説家は表現方法として「小説を書くこと」を選んでいるわけであって、第三者に写真に撮られることはまったく想定外でしょう。
    一方、タレントは「外見や立ち振る舞い」などが映像として映し出されることを表現方法として選んでいるわけなので、第三者に写真を撮られることもある程度は想定の範囲内でしょう。
    つまり、表現者が何を表現の媒体として選んでいるかによって様相はまったくことなるわけですから、芸術家・芸能人・表現者等を十羽一絡げにするのはかなり乱暴かと思います。

    >KIM99さん、理(コトワリ)が感覚よりも勝っている人、ように見られますが、実はその反対の人なのだろうと想像します。

    わはは。私も同感です^^
    Kim99さんは感覚的に「不変の法則」のようなものを追い求めるタイプなのかな、と文章を読んでいて思いました。

    芸術にしろ芸能にしろ、生き様までもを芸にしてしまうレベルの突き抜けた存在は、現世での理や損得勘定は捨てている部分が多かれ少なかれあるような気がしますが、そこまでできる人は稀有であり、だからこそ貴重なのであって、そのレベルの人たちとその他大勢(似ていても本質が異なる者も含めて)は分けて考えないといけません。

    何かを型にはめる思考遊びは面白いものですが、その際には「多様性」と「自分の知りえた情報や経験以外の事象を想像し、受け入れる柔軟性」を常に念頭に置いておかないと視野が狭くなるだけじゃないかなーと。

  18. ManiHoniさん明確な意思、言葉がありますね、さて理の人か感覚の人か?

    この質問自体が「どちらか」に分類するだけの言葉遊びなんですよね、どちらも という選択もあるわけで、また往復する振幅を思考と呼べたり、ひとはバランスをとったりするものだろうと思います。

  19. リソキソパークさんとManiHoniさんの発言に一生懸命こたえてみた長文な文章を読み返してみる。インスパイヤされて、自分に予測できない自分の文章になってないか、、いや分裂しすぎてる。非現実的な発言だ、、、書き込むのを躊躇ここはRYM 私が言葉でRYMされたので、特に私が述べることは無いような気が、、、リソキソパークさんや ManiHoniさんの作品が言葉で語れる論理的な何かが潜んでいるってことは、、、

  20. このスレッドというか コメントはいつまで続くのかが気になりますがw

    RenderYourMindは言葉あそび、POSERはお人形あそび。
    コンセプトのない絵でも説明することはできるのだろうと思います。

Comments are closed.