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me-c1

ピクトグラムにはPoserの絵をリサイクルするという意味があるらしい。

Irydaさんはレストランのメニューを見て思いついたと言っていた。

なんかパスタみたい。

自分の絵がどういう絵なのか私自身で説明するのは無粋な気がする。

というよりも

自分のレンダリングした絵については自分自身が

一番良く知っているし、他人に説明するのは既に知っていることの反芻

なので傲慢だけれども正直メンドクサイ。

でも逆の考えで、絵を作った本人に訊いてみると

見ただけでは推し量れないことがわかったりした。

2度目のハーベスト。

すべて借物だとわかっているのに、空洞なマカロニだと知っているのに

何故今日もレンダリングのボタンを押してしまうのだろう?

それはもしかして今日こそ「それ」を見てみたい、と願わずにはいられないから?

それとも、ある種の自分自身への「予告編」なのかもしれない。

Mottainai Exhibitionでの作者自身による解説からそう思えた。

rym015

hideout

2 Comments

  1. 哲学的ですね~~マカロニか~~w
    もしそうならばHideoutさんのは究極のマカロニ料理だと思うの。
    おいしいですよ、シェフ。
    Hideoutさんにしか出せない味です(*^ ^*)

  2. D51さん

    きゅうきょくのまかろに料理ですかー、うれしいですね、でもちゃんと穴は空いてるんですよねw
    あー確かにPoserを料理に例えたほうが一番しっくりきますね、同じ食材でも作る人で味が変わるし、隠し味があったりして。外食の味(レンデロ)家庭の味(国内)とか、D51さんはお袋の味だとか?それはD51さんの絵から感じるイメージとはちょっと違うような気もしますがw、ともあれひとそれぞれのテイストが楽しめるのがPoser趣味っすよね。

    今回のBlogはなんかスカした感じに書いてしまって読み返すと恥ずかしいっす。

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